フツウミミズ

 フトミミズ科フクロフトミミズ属

フツウミミズ Metaphire communissima (Goto & Hatai, 1899)

Perichaeta sieboldi Beddard, 1892: 759.

Perichaeta communissima Goto & Hatai, 1899: 23.

Pheretima communissima Michaelsen, 1900: 262; Oishi, 1930: 510; 大石, 1930: 327; 畑井, 1931a: 2601931b: 185; 大淵, 1938b: 178; 小川, 1944: 77; 大淵・山口, 1947: 1360; Yamaguchi, 1962: 13; 山口, 1962: 26; 安立・大野, 1967: 25; 上平, 1973a: 57, 2004c: 24, 2014a: 29; 中村, 1998: 26; Ishizuka, 1999a: 58; 南谷ら, 2015: 84.

Amynthas communissimus Sims & Easton, 1972: 235; Easton, 1981: 51.

Metaphire communissima Blakemore, 2003: 28, 2008d: 111, 2010a: 16, 2012b: 19.

Amynthas communissima 上平, 2017b: 69.

Amyntas sieboldi lenzi Michaelsen, 1899d: 10.

タイプ標本

基産地:東京、仙台(宮城県)、津軽(青森県)、静岡、茨城、Bitchu(岡山県)

タイプ標本所在地:不明

形態

<外部形態>

 全長 190-250 mm (原記載) または 140-260 mm (小林, 1942)、体幅 9 mm (原記載) または 6-9 mm (小林, 1942)、体節数 100-140 (原記載)。

 剛毛は受精嚢孔域で約 60 本 (原記載)、第 20 体節で 54-66 本 (小林, 1942)。雄性孔間剛毛は 14-19 本。第一背孔は第 12/13 体節間溝。

 受精嚢孔は3対で、第 5/6/7/8 体節間溝。受精囊孔間距離は体周の 3/7 (小林, 1942)。受精囊孔間剛毛は第 5 体節では 18-22 本、第 6 体節では 18-24 本、第 7 体節では 20-26 本、第 8 体節では 20-27 本 (小林, 1942)。環帯は第 14-16 体節を占め、剛毛を欠く。雄性孔は第 18 体節にあり、スリット状。雄性孔を欠く個体は報告されていない。雄性孔域・受精嚢孔域とも性徴を欠く。

 

<内部形態>

 隔膜は 5/6/7/8、10/11/12/13/14 は厚く、8/9/10 は欠く。個体によっては 8/9 に薄い隔膜を持つ。腸管は第 15 体節から開始する。腸盲嚢は第 26 体節 (原記載) または第 27 体節 (小林, 1942) に開始し、指状型で 6-9 本の小嚢に別れる。最終心臓は第 13 体節にある。

 受精嚢は 3 対で、第 6-8 体節に存在する。受精嚢の主嚢は球形。副嚢は主嚢よりも長く、中央部分は曲がりくねる。精巣は第 10-11  体節の腹面にある。貯精嚢は第 11-12 体節に存在する。偽貯精嚢は 1 対で、第 12/13 体節間隔膜の後面にある (小林, 1942)。卵巣は1対で第 12/13 体節間隔膜の後方腹面にあり (小林, 1942)、卵胞は 13 体節の卵巣の背面にある。摂護腺はよく発達し、第 17-19 体節を占め、3 つの小嚢に別れる。

 

 

分布

 北海道南部から本州、九州にかけて分布する日本固有種。四国では記録されていない。

 

 分布の連続した北限は主に岩手県大船渡と山形県酒田を結ぶ線以南であるが (上平, 2004c)、これ以北でも点在した分布が確認されている。この分布限界は、温度などの生理的な耐性によるものと考えられ、温量指数85の温暖帯林・冷温帯林の境界にほぼ一致している (上平, 2004c)。かつて、大淵 (1938b) は、基産地の一つである津軽を含む青森〜岩手県には産せず、秋田県の分布も疑わしいと述べているが、その後岩手県、北海道で点在した分布が確認されている (Takahashi & Yamaguchi, 1961; Yamaguchi, 1962; 山口, 1962; 上平, 2001a, 2002b, 2003)。ただし、青森県では広範な採集努力によっても Goto & Hatai (1899)、Hatai (1930b) 以降分布が確認されておらず (上平, 2001a, 2004c; 南谷ら, 2015)、今後の検証が必要である。

 

 南限は岡山・鳥取県とされ、広島以西では全く発見されず、紀伊半島南部にも分布していないことが報告されているが (小林, 1942)、上平 (2004b, 2010) により佐賀県や宮崎県から広く採集されている。なお、東海地方では北陸に比べて密度が低いと推定されている (小林, 1942)。一方で、福岡県や大分県では全く採集されていない。今後、九州における広範な検討が必要である。

 

 関東地方では本種の出現頻度は低いが (安立・大野, 1967; 石塚, 2001; 上平, 2006)、宮城県では出現頻度は50%を超え (上平, 2003b)、福島県や宮崎県でも出現頻度が15%を超えている (上平, 2003c; 2004b)。また、東海地方にも普通に分布する (大石, 1932b)

 

 なお、関東地方における現在の分布パターンから、荒川や利根川などの過去の流路と関連付けて議論されている (安立・大野, 1967)

図:これまでに公表された出版物に基づく、フツウミミズの分布確認地点


生息環境

 富山県では平野部にのみ分布し、山地では採集されていない (上平, 2014a)。

 

 民家付近に生息し、ゴミ捨て場、庭隅などに多い (小林, 1942)。安立・大野 (1967) が本種を採集したのは、下水溝上げ土の中、落葉だまり、古むしろの下、竹林内やその周辺の雑草の根際、カンナ屑たまりの中など多様であり、共通する特殊条件は見つけられていない。

生態

 フトスジミミズやヒトツモンミミズが生息する場所には、本種が生息しないことが多いとされているが (大野, 1981a)、今後の検証が必要である。

 

 4月末までに孵化し、6月下旬から7月下旬までに環帯を完成させ成体となる (Oishi, 1930; 大石, 1930)。仙台では、7月中旬以降、成体が採集される (Oishi, 1930)。9月中旬から交接を開始し (Oishi, 1930; 大石, 1930)、10月には産卵する (大石, 1930)。11月末までには交接、産卵を終え、ほぼ全ての個体が死滅する (大石, 1930)。

 飼育下での観察により、多くは夜間、または暗所で交接すると考えられている (大石, 1930)。全交接時間は4〜5時間であり、1対の受精嚢を満たすのに1時間半ほどと考えられる (Oishi, 1930; 大石, 1930)。交接の際には、ツリミミズ科で見られるような環帯上の粘液帯は生じない (Oishi, 1930)。

備考

 畑井 (1931a, b) は和名としてフツウミミズ (普通ミミズ) を提唱している。厳密には、「みみず」よりもシーボルトミミズとフツウミミズを扱った論文の方が先に出版されているため、畑井 (1931a) が新称の提案になる。なお、畑井 (1931b) は、この和名は学名の意訳であり、長年使用されているのでそのまま使用すると述べている。ただし、関西以北では普通に見られるが、関西以南では以北ほど普通に見当たらないようである、と述べられている。その後の研究により、関東地方では本種の出現頻度は低いことが報告されている (安立・大野, 1967; 石塚, 2001; 上平, 2006)。宮城県では出現頻度は50%を超え (上平, 2003b)、福島県や宮崎県でも出現頻度が15%を超えている (上平, 2003c; 2004b)。畑井 (1931a) は、命名当時関東その他少なくとも畑井新喜司教授らによって調査された地方には常に見出された、最も普通の種であったと述べている。その後、環境の変化などによって全滅状態になったのかもしれない (南谷, 私見)。

 

 florea は山梨県で得られた標本を用いて Ishizuka (1999b) により記載されたが、Blakemore (2008d, 2010a) は、フツウミミズは大阪から静岡、東京を経て仙台まで分布し山梨県はこの中心に当たる部分であるため、本種のシノニムであるとしている。ただし、日本では標高の違いによってすみ分けが生じることが様々な生物群で報告されており、水平分布のみではなく垂直分布についても注目すべきである (南谷, 私見)。

シノニムリスト

Perichaeta sieboldi Beddard, 1892: 759.

Perichaeta communissima Goto & Hatai, 1899: 23. [形態記述]

Amyntas sieboldi lenzi Michaelsen, 1899d: 10.

Pheretima communissima Michaelsen, 1900: 262 (syn. sieboldi lenzi). [同定形質のみ]

Pheretima communissima Oishi, 1930: 510.

Pheretima communissima 大石, 1930: 327.

Pheretima communissima 畑井, 1931a: 260 フツウミミズ (新称). [記述のみ]

Pheretima communissima 畑井, 1931b: 185. [記述のみ]

Pheretima communissima 鏑木・三坂, 1936: 511. [同定形質のみ]

Pheretima communissima 大淵, 1938b: 178. [記述のみ]

Pheretima communissima 小林, 1941c: 260. [記述のみ]

Pheretima communissima 小林, 1942: 119. [形態記載]

Pheretima communissima 小川, 1944: 77 普通ミミズ. [記述のみ]

Pheretima communissima 大淵・山口, 1947: 1360. [同定形質のみ]

Pheretima communissima Yamaguchi, 1962: 13. [記述のみ]

Pheretima communissima 山口, 1962: 26. [同定形質のみ]

Pheretima communissima 安立・大野, 1967: 22. [記述のみ]

Amynthas communissimus Sims & Easton, 1972: 235 (syn. sieboldi lenzi). [記述のみ] (Sep ?, 1972)

Pheretima communissima 上平, 1973a: 57 フツウミミズ. [同定形質のみ] (?, 1973)

Amynthas communissima Easton, 1981: 51 (syn. sieboldi Goto & Hatai, 1898 [non Horst, 1883]). [記述のみ] (Apr 30, 1981)

Amynthas sieboldi lenzi Easton, 1981: 51. [記述のみ] (Apr 30, 1981)

Pheretima communissima 中村, 1998: 26 フツウミミズ. [記述のみ]

Pheretima communissima Ishizuka, 1999a: 58. [記述のみ]

Pheretima communissima 上平, 2001b: 75. [記述のみ]

Pheretima communissima 上平, 2002b: 27. [記述のみ]

Metaphire communissima Blakemore, 2003: 28 (syn. sieboldi Beddard, 1892 [non Horst, 1883], sieboldi Goto & Hatai, 1898, 1899 [non Horst, 1883], sieboldi lenzi, florea syn. nov.). [記述のみ]

Pheretima communissima 上平, 2003a: 74. [記述のみ]

Pheretima communissima 上平, 2003b: 84. [記述のみ]

Pheretima communissima 上平, 2003c: 96. [記述のみ]

Pheretima communissima 上平, 2003e: 46. [記述のみ]

Pheretima communissima 上平, 2004a: 82. [記述のみ]

Pheretima communissima 上平, 2004b: 94. [記述のみ]

Pheretima communissima 上平, 2004c: 24. [記述のみ]

Pheretima communissima 上平, 2006: 40. [記述のみ]

Metaphire communissima Blakemore, 2008d: 111 (syn. ? sieboldi Beddard, 1892 [non Horst, 1883], sieboldi lenzi, florea). [同定形質のみ] (Dec ?, 2008)

Pheretima communissima 上平, 2010: 38. [記述のみ]

Metaphire communissima Blakemore, 2010a: 16 (syn. sieboldi Beddard, 1892 [non Horst, 1883], sieboldi Goto & Hatai, 1898 [non Horst, 1883]sieboldi lenziflorea). [記述のみ] (Feb 28, 2010)

Metaphire communissima Blakemore, 2012b: 19 (syn. sieboldi Beddard, 1892 [non Horst, 1883], sieboldi Goto & Hatai, 1898 [non Horst, 1883]sieboldi lenziflorea). [記述のみ] (Feb 28, 2012)

Pheretima communissima 上平, 2014a: 29. [記述のみ]

Pheretima communissima 南谷ら, 2015: 84. [同定形質のみ]

Amynthas communissima 上平, 2017b: 69. [記述のみ] (Mar, 2017)

 

sieboldi Goto & Hatai, 1898, sieboldi Goto & Hatai, 1899

 

引用文献

安立綱光, 大野正男, 1967. 関東地方におけるフツウミミズの分布. 東洋大学紀要 (自然科学編) 7: 25-33. 

Beddard, F.E., 1892. On some Perichaetidae from Japan. Zoologische Jahrbücher. für Systematik, Geographie und Biologie der Tiere 6: 755-766.

Blakemore, R.J., 2003. Japanese earthworms (Annelida: Oligochaeta): A review and checklist of species. Organisms Diversity and Evolution 11: 1-43.

Blakemore, R.J., 2010a. Saga of Herr Hilgendorf's worms... In: Pavlíček T, Cardet P, Coşkun Y, Csuzdi C, (eds.), Advances in Earthworm Taxonomy IV (Annelida: Oligochaeta). Proceedings of the 4th International Oligochaeta Taxonomy Meeting Diyarbakir, 20-24 April, 2009. Zoology in the Middle East Supplementum 2. Kasparek Verlag, Heidelberg. pp. 7-22.

Easton, E.G., 1981. Japanese earthworms: A synopsis of the Megadrile species (Oligochaeta). Bulletin of the British Museum Natural History (Zoology) 40(2): 33-65.

Goto, S., Hatai, S., 1899. New or imperfectly known species of earthworms. No. 2. Annotationes Zoologicae Japonenses 3: 13-24.

畑井新喜司, 1931a. シーボルドミミズ(Pheretima sieboldi, Horst)と普通ミミズ(Pheretima communissima, Goto et Hatai). 動物学雑誌 43(508/509): 260-265.

畑井新喜司, 1931b. みみず. 改造社. 218 pp. (復刻 みみず. 1980年 サイエンティスト社より)

Ishizuka, K., 1999a. A review of the genus Pheretima s. lat. (Megascolecidae) from Japan. Edaphologia (62): 55-80.

鏑木外岐雄, 三坂和英, 1936. 日光のミミズ. In: 東照宮 (ed.), 日光の植物と動物. 養賢堂. pp. 509-515.

上平幸好, 1973a. 日本産陸棲貧毛類フトミミズ属(Genus Pheretima), 種の検索表. 函館大学論究 7: 53-69.

上平幸好, 2001b. 関東地方における陸棲貧毛類の調査報告Ⅰ. ―群馬県で採集された種類と分布―. 函館大学論究 32: 73-81.

上平幸好, 2002b. 東北地方における陸棲貧毛類の調査報告III. ―岩手県で採集された種類と分布―. 函館大学論究 33: 25-34.

上平幸好, 2003a. 東北地方における陸棲貧毛類の調査報告Ⅳ. ―山形県で採集された種類と分布―. 函館大学論究 34: 71-80.

上平幸好, 2003b. 東北地方における陸棲貧毛類の調査報告Ⅴ. ―宮城県で採集された種類と分布―. 函館大学論究 34: 81-91.

上平幸好, 2003c. 東北地方における陸棲貧毛類の調査報告Ⅵ. ―福島県で採集された種類と分布―. 函館大学論究 34: 93-104.

上平幸好, 2003e. 渡島半島に生息する大型貧毛類とその来歴-道南のミミズが私たちに語ること―. Oshimanography (10): 45-54.

上平幸好, 2004a. 中部地方における陸棲貧毛類の調査報告I. ―岐阜県で採集された種類と分布―. 函館大学論究 35: 79-90.

上平幸好, 2004b. 九州地方における陸棲貧毛類の調査報告I. ―宮崎県で採集された種類と分布―. 函館大学論究 35: 91-102.

上平幸好, 2004c. 東北地方における陸棲貧毛類の分布に関する考察. 函館短期大学紀要 30: 23-32.

上平幸好, 2006. 関東地方における陸棲貧毛類の調査報告II. ―栃木県で採集された種類と分布―. 函館短期大学紀要 32: 39-45.

上平幸好, 2010. 九州地方における陸棲貧毛類の調査報告III. -佐賀県で採集された種類と分布―. 函館短期大学紀要 36: 35-42.

上平幸好, 2014a. 中部地方における陸棲貧毛類の調査報告 III. ー富山県で採集された種類と分布ー. 函館短期大学紀要 40: 27-35.

上平幸好, 2017b. 北海道地方における陸棲貧毛類の調査報告 I.ー道南西部で採集された種類と分布ー. 函館短期大学紀要 43: 67–79.

小林新二郎, 1941c. 四国、中国、近畿及中部諸地方の陸棲貧毛類に就て. 動物学雑誌 53(5): 258-266.

小林新二郎, 1942. シーボルドミミズと普通ミミズに就て. 日本学術協会報告 17(1): 118-121.

Michaelsen, W., 1899d. Terricolen von verschiedenen Gebieten der Erde. 2. Beiheft Jahrbuch der Hamburgischen Wissenschaftliche Anstalten, Hamburg 16: 1-122.

Michaelsen, W., 1900. Oligochaeta. Das Tierrich 10: 1-575.

中村好男, 1998. ミミズと土と有機農業. 創森社, 123 p.

南谷幸雄, 池田紘, 金子信博, 2015. 青森県の陸生大型貧毛類(ミミズ)相. 青森自然誌研究 20: 81-90.

小川文代, 1944. みみずの観察. 創元社, 東京. 87 pp.

大淵眞龍, 1938b. 本州東北部に於ける Pheretima 属に就て. 動物学雑誌 50(4): 177-178.

大淵龍, 山口英二, 1947. 環形動物貧毛綱. In: 内田清之助 (ed.), 新日本動物図鑑. 北隆館, 東京. pp. 1352-1371.

大野正男, 1981a. 自然教育園の陸棲ミミズ類. 自然教育園報告 12: 93-95.

Oishi, M., 1930. On the reproductive process of the earthworm, Pheretima communissima, (Goto et Hatai). Part 1. Science Reports of the Tohoku Imperial University, 4th series Biology 5(3): 400-450.

大石實, 1930. 日本産ミミズPheretima communissima (Goto et Hatai)の生殖法について. 動物学雑誌 44(503): 327-328.

大石實, 1932b. みみずある記 (三). 斎藤報恩会時報 61: 11-23.

Yamaguchi H., 1962. On earthworms belonging to the genus Pheretima, collected from the southern part of Hokkaido. Journal of Hokkaido Gakugei University 13: 1-21.

山口英二, 1962. 北海道産の陸棲みみずについて. 生物教材の開拓 2: 16-35.