ハッタミミズ

  ジュズイミミズ科 > ジュズイミミズ属 > ハッタミミズ Drawida hattamimizu Hatai, 1930

Drawida hattamimizu Hatai, 1930: 485; 市村・安田, 1931: 42; 大石, 1932: 17; 大淵, 1939: 403; 小川, 1944: 81; 大淵・山口, 1947: 1370, 1965: 546; 中村, 1991: 13, 2015: 1900; Blakemore et al., 2010: 2; Blakemore, 2010b: 203; 高橋ら, 2012:1, 2019:1; 渡辺, 2017: 23.

タイプ標本

基産地:石川県金沢市八田町

タイプ標本所在地:不明

    Blakemore et al. (2010) により基産地の個体を用いてネオタイプが指定された(滋賀県立琵琶湖博物館 [LBM1380000078])

 

形態

<外部形態>

 全長 平均 246 (Hatai, 1930a) 〜約 400 mm (Blakemore et al., 2010)、最大96 cm (渡辺, 2017)。体幅 9.5 mm であるが、伸ばすと最大 920 mm に達する日本最長のミミズである (滋賀県立琵琶湖博物館お知らせ)。体節数 317。剛毛はルンブリケータ型で、各剛毛対は近接する。第 1、11 体節の剛毛を欠く。

 体色は青黒色で、腹面はやや淡色でエタノールで保存するとピンク色味を帯びる (Blakemore et al., 2010)。なお、未成熟個体はれんが色もしくはより淡色 (Blakemore et al., 2010)。環帯は灰色で(原記載では明ピンク色と記述されている [Hatai, 1930a])、第 9 体節の半分から第 15 体節の半分までもしくは第 16 体節までの 6 体節分を占める。環帯は鞍型で、腹面では不明瞭。なお、新谷 (1929b) は体色が青色のものと、赤色が非常に美しく筋肉質のものが存在することを述べている。

 受精嚢孔は第 7/8 体節間溝に 1 対あり、やや盛り上がる。雄性孔は第 10/11 体節間溝の cd-setal 線上に 1 対あり、大きなスリット状。雌性孔は第 12 体節の第 11/12 体節間孔近くの b-setal 線上に 1 対もつ。

 性徴は第 6-13 体節の内側剛毛よりも内側・やや後方に 1 対ずつ存在するが、第 10 体節の性徴は欠く場合が多い。第 7 体節の d-setal 線上に 1 対、さらに性徴をもつ場合もある (Blakemore et al., 2010)。性徴の分布については、個体変異の検討が必要である。

 

<内部形態>

 第 5/6-8/9、16/17-29/30 体節間溝の隔膜は厚く、第 7/8/9 の隔膜はとても厚い。一方で第 11/12/13 体節間溝では薄い。なお、Blakemore et al. (2010) のネオタイプでは、第 5/6-9/10 体節間溝の隔膜はやや薄く、第 10/11-11/12 体節間溝は厚いと報告している。

 第 6-9 体節の食道の両側に心臓がある。砂嚢は 6-9 個で、6 個の個体が最も多い。砂嚢は第 12 1/2-20 もしくは 21 体節に存在し、数が多い場合も第12体節から始まる。腸は第 19 体節もしくは砂嚢が終わってからすぐに始まる (Blakemore et al., 2010)。石灰腺や腸盲嚢を欠く (Blakemore et al., 2010)。

 受精囊は第 8 体節にあり、第 7/8 体節間溝の隔膜に付着する。貯精嚢は第 9/10 隔膜の前後にある。卵巣は小さな球状で第 11 体節にあり、第 10/11 隔膜に付着する。導管の短い生殖腺が体内にある (大淵, 1939)。

 

 


分布

 石川県河北潟周辺や、福井県三方湖、琵琶湖周辺にのみ分布する。

 

 また、実地調査がなされていないものの、本種が分布していたと考えられる記録は以下の通り。石川県豆田村(現、金沢市大豆田町?)や乙丸村(現、金沢市乙丸町)、蚊ヶ爪(現、金沢市蚊爪町) (新谷, 1929b)八田村では、付近の前波村や小坂村(現:金沢市乙丸町、小坂町)から伝播したものと考えていた (市村・安田, 1931)。また、弥勒村(現、金沢市弥勒町)、柳橋村(現、金沢市柳橋町)、神谷内村(現、金沢市神谷内町)にも分布するとの伝承があったが (市村・安田, 1931)、柳橋や田中村(現、金沢市田中町)、大浦(現、金沢市大浦町)には分布しないとの報告もある (新谷, 1929b)。

図:これまでに出版された文献に基づく、ハッタミミズの分布確認地点


生息環境

 半水棲で、水田の畦に生息し (Hatai, 1930a; Blakemore et al., 2010; 渡辺・南谷, 2014)、畦や水路脇など水のつかない地表面に糞塊を排泄する (渡辺・南谷, 2014)。稲刈りの時期など水田の水を落とすと、水田の中央部までにも糞塊が出ている (渡辺・南谷, 2014)。10月に金沢市でハッタミミズを採集した新谷 (1929b) は、畦だけでなく稲の切り株の下からも必ず数匹を採集できることを報告している。

 

 ハッタミミズが多く見られるのは、粒度の細かい軟泥が厚く堆積している水田である (高橋ら, 2019)。一方で、圃場整備により極端な客土が行われ乾田化が進んだ水田には生息しない (高橋ら, 2019)

 

 河北潟周辺では、概ね湖岸より 500 m の範囲にある、かつて河北潟の一部であった場所や、増水により冠水を繰り返した湿田があった場所、河北潟に流れ込む川の河口付近やかつての河道に位置する水田には生息しない (高橋ら, 2019)

生態

 生活史はよく分かっていない。水田付近の貯水池の深さ 30-40 cm の泥の中から、8月に卵包が採集されている (Ohfuchi, 1938f)。さらに、河北潟では 8 月に卵包や様々なサイズの個体が採集されている (渡辺・南谷, 2014)。琵琶湖周辺でも 6 月末に小さな個体が観察されている (渡辺・南谷, 2014)。初夏から夏にかけて産卵・孵化しているのだろうと推測されるが (渡辺・南谷, 2014)、密度の高いところで季節的に個体重を測定し、サイズクラス分布を調べることが必要である。

 卵包は、直径 7.5-9 x 8.5-10.5 mm で、卵型で、前後に長さ 1.8-2 mm の管が付いている (Ohfuchi, 1938f)。産卵された直後は卵包は白っぽいが、時間が経つと黄色もしくは明褐色になる (Ohfuchi, 1938f)。1 つの卵包には 2-3 個体が入っていた (Ohfuchi, 1938f)。これらの幼体の体長は、25.5-27 mm で、体幅 2.4-2.6 mm。

 

 特別な世話をせずに放置していたものが、4-5 年生存していたとの報告がある (渡辺・南谷, 2014)。

備考

 畑井 (1931) は和名をハッタミミズ (八田ミミズ) 、大淵・山口 (1947) はハッタジュズイミミズとした。八田村では本種をアゼトウシ、イワトウシ、クロミミズなどと呼んでいた (渡辺, 1978)。また、八田村では弥勒ミミズ(弥勒村の意)、ゼンナメミミズ(前波ミミズ、前波村の意)と呼んでいた (市村・安田, 1931)

 

 本種の発見の経緯は、河北潟周辺でウナギ釣りの餌として使っていたミミズを、地元八田村小学校長森鉄次郎氏が金沢第三中学校の安田作治教諭に連絡し、その標本が第四高等学校の市村塘教授を経て東京帝国大学理学部の五島清太郎教授に、さらに東北帝国大学理学部教授の畑井新喜司教授に渡って新種記載された。なお、新種記載の1年前の1929年に東北大学の学生である新谷武衛氏が八田村を訪れ、ハッタミミズの生体を畑井教授のもとに持ち帰ったことが報告されている (新谷, 1929b)。この個体が新種記載に用いられたのかもしれない。

 

 新種記載が行われた際、Hatai (1930a) は、1) ジュズイミミズ科の多くの種は熱帯地域に分布すること、2) ハッタミミズは河北潟周辺の狭い地域にのみ分布すること、3) 特に八田村に多産すること、4) ハッタミミズによる漏水の被害を防ぐため八田村から稲苗を持ち出さなかったにしろ長い年月の間には分布拡大すると考えられるが、分布が限定されているのは最近持ち込まれた可能性があること、5) 入水した娘の髪の毛がミミズとなって、不誠実な男の水田の稲を根絶やしにしたという伝説があることから、加賀の豪商、銭屋五兵衛が南蛮貿易を行いその際に持ち帰ったものではないかと推測した。また、伝説・伝承は複数存在しており、小松町の漁夫が八田村にミミズを捨てて行った、八田村の漁師がうなぎ釣りのために好適なミミズを小松町で見つけて持ち帰り弥勒村(現、金沢市弥勒町)に捨て、徐々に分布を広げて柳橋村(現、金沢市柳橋町)、神谷内村(現、金沢市神谷内町)に至ったとの証言がある (市村・安田, 1931)。このため、極めて最近に分布を拡大した可能性がある。

 

 環境省レッドリストでは準絶滅危惧 (NT) に (伊藤, 2007)、石川県では絶滅危惧 I 類に (石川県, 2009)、指定されている。

 水田への客土 (石川県, 2009) や水田の改良工事 (伊藤, 2007)、農薬散布 (石川県, 2009)、水路・畦のコンクリート化 (伊藤, 2007; 石川県, 2009)、水路の三面張り・地中のヒューム管の設置 (渡辺・南谷, 2014)、機械化に対応させる大面積の平坦水田への転換 (渡辺・南谷, 2014)、頻繁なトラクター・耕うん機の使用 (渡辺・南谷, 2014)、農地の宅地・工業用地化 (伊藤, 2007; 石川県, 2009; 渡辺・南谷, 2014) などにより生息環境が悪化しつつあり、生息数の減少が懸念される。

 

 実際に、圃場整備直後の水田では本種を全く確認できない水田が多く、圃場整備により個体数が激減することがわかる (高橋ら, 2019)。しかし、ある程度時間が経過することで、その数は回復する可能性があるが、古くからの水田ほど密度が高いとは言えず、体長が小さなものが多かった (高橋ら, 2019)

 

 高橋ら (2012) による河北潟周辺における調査により、本種が確認された地点ではいずれも高密度といえるような確認状況ではなく、糞塊の確認も少ないこと、またそれぞれの確認地点の周囲の圃場からは糞塊さえ見られない場合が多かったことが報告されている。このため、本種の分布は分断された状態にある可能性が高い。

 

シノニムリスト

Drawida hattamimizu Hatai, 1930a: 485. [形態記載]

Drawida hattamimizu 畑井, 1931: 200 ハッタミミズ (新称). [記述のみ]

Drawida hattamimizu 市村・安田, 1931: 42 ハッタミミズ. [形態記載] 

Drawida hattamimizu 大石, 1932: 17. [記述のみ]

Drawida hattamimizu 大淵, 1939: 403. [記述のみ]

Drawida hattamimizu 小林, 1941c: 263. [記述のみ]

Drawida hattamimizu 小川, 1944: 81 八田ミミズ. [記述のみ]

Drawida hattamimizu 大淵・山口, 1947: 1370 ハッタジュズイミミズ(ハッタミミズ) (新称). [同定形質のみ]

Drawida hattamimizu 大淵・山口, 1965: 546. [記述のみ]

Drawida hattamimizu Easton, 1981: 37. [同定形質のみ] (Apr 30, 1981)

Drawida hattamimizu 中村, 1991: 13 ハッタミミズ. [記述のみ]

Drawida hattamimizu Blakemore, 2003: 8. [記述のみ]

Drawida hattamimizu Blakemore, 2008c: 22. [記述のみ] (Dec ?, 2008)

Drawida hattamimizu Blakemore et al., 2010: 2. [形態記載]

Drawida hattamimizu Blakemore, 2010b: 203. [記述のみ]

Drawida hattamimizu Blakemore, 2012b: 16. [記述のみ] (Feb 28, 2012)

Drawida hattamimizu 高橋ら, 2012: 1 ハッタミミズ. [記述のみ]

Drawida hattamimizu 中村, 2015: 1900. [記述のみ]

Drawida hattamimizu 渡辺, 2017: 23. [記述のみ]

Drawida hattamimizu 高橋ら, 2019: 1. [記述のみ]

引用文献

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Blakemore, R.J., 2008d. A review of Japanese earthworms after Blakemore (2003). In: Ito MT, Kaneko N, (eds.), A Series of Searchable Texts on Earthworm Biodiversity, Ecology and Systematics from Various Regions of the World, 2nd Edition (2006) and Supplemental. COE soil Ecology Research Group, Yokohama National University, Japan. CD-ROM Publication.

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Blakemore, R.J., 2012b. Japanese earthworms revisited a decade on. Zoology in the Middle East 58 suppl 4: 15-22.

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その他

渡辺, 1982

高橋, 2008

河北潟湖沼研究所, 2013